イギリスのシンドラー/ニコラス・ウィントンとキンダートランスポート
ニコラス・ウィントンという人がいる。まだご存命の人で、29歳の時、チェコから600人を超えるユダヤ人の子供達をイギリスへ送る手はずを整えた人だ。
両親ともにキリスト教に改宗はしているものの、ユダヤ系で、株式関係のしごとで裕福だった彼は、イギリスにいる母親の助けも得て、次々と子供達をイギリスに送り込む。時にはパスポートの偽造までしたという。
送られた子供達は3歳から17歳まで。ドイツから同様に送られた子供達もいて大陸からユダヤ人の子供達を救おうとする「キンダートランスポート」とよばれる大きなオペレーションがあったのだった。
ウィントンは自分が子供達を助けたことを50年近く誰にも言わなかったのだけれど、最終的には妻が屋根裏部屋から記録を発見し、BBCに放映されることになる。下の動画がそうなのだが、「ここにいる人でニコラス・ウィントンに命を救われた人、たちあがっていただけますか」とプレゼンターが言った直後のスタジオの様子と、ニコラス・ウィントン氏の表情は見ているだけで涙が出そうになる。
Nicky's Family (『ニッキーの家族』)というドキュメンタリー映画にもなった、イギリスのシンドラーとして有名な人である。
Sir Nicholas Winton - BBC Programme "That's ...
Nicky's Family Official Trailer 1 (2013 ...
映画は未見で、ぜひ見たいと思っているのだけれど、この件については色々と悲しい話がまつわりついている。
たとえば、3歳ぐらいでイギリスに送られた子供達の中には親の顔も名前も思い出せず、長く苦しんだ人が多くいたということ。これは別にウィントン氏のオペレーションの話だけではなく、キンダートランスポート全体に言えることだけれど、ユダヤ系の家庭の引き取り手が足りず、キリスト教徒の家庭に送られた子供が多かったこともあり、自分のバックグラウンドから引き離された、という感覚を持つ人が多かったこと。少しでも早く少しでも多くの子供を引き取ってもらわないと、大陸から受け入れる子供の数が減るので、緊迫した空気のなかで子供がどんどん養父母に渡されて行った、ということ。
50年間の沈黙が破られて、彼が600を超える子供達を救ったということがわかった時、当時物心もつかない子供だった多くの人には、ここで初めて自分の両親を悼むためのつてが与えられたのだろう、と思う。
それにしても「第二次大戦が終わるまで、ナチスが大虐殺を行っていることをイギリス政府は知らなかった」というのが現在では広く共有されている理解なのだろうけれど、これをみると、おそらくそれは違うのだろうな、と思う。きっと、「大虐殺が起きる」と知っていた人たちがいたのだろう、と。だからこそ、必死になって救おうとする人々が現れたのだろう、と。