秘密の花園ーいるはずのないメイド
『秘密の花園』の原著であるThe Secret Gardenをちょっと理由があって再読した。
大人になってから読むのは二度目。
最 初に読み返したのは前にイギリスに住んでいた時期だったのだが、その時はあまりにも差別的なインドの描かれ方にかなりびっくりして、「これ、絶対子供には 読ませられない!」と思ったものだった。そう、私家版「子供には読ませたくない世界の名作」のトップテンには絶対に入る作品だ。だってインドの人に対して メアリーはこんなことを言うのだ。"They are not people—they're servants who must salaam to you. " (「インド人なんて人間じゃないわ!私たちにサラームしなくちゃいけない使用人よ!」)ああ、もう絶対に読ませたくない。
今回再読した理由はもちろん、この作品がヨークシャーを舞台にしたものだからでスウェイトという北ヨークシャーの小さな村からちょっと離れたところにお屋敷があるという設定になっている。
作 品中ではインドが病に満ちていて、堕落と非民主主義の匂いがするのに対してヨークシャーが民主的であり、健康的であり、生命に満ちていてキリスト教道徳を 自然と体現している。だから、メアリーとコリンという二人の不健康な子供達が回復して行く上ではヨークシャーっ子になることがとても重要なのだ。(実際に 二人とも作品の終わりまでにはヨークシャーアクセントで話せるようになっている)
その構造そのものの問題点は色々とあるのだけれど、今回読み返していて面白かったのはメアリーをヨークシャーの土着の生命へと結びつけるメイド、マーサの役割だった。
ヨー クシャー訛りのきついマーサは、もちろん、動物と自由に心を通わせる少年ディコンの姉である。彼女がメアリーと病弱なお屋敷の若様コリンを結びつけディコ ンをメアリーと引き合わせ、そうした結びつきが、やがて小説を通じて響く「エデンの再獲得」という極めてキリスト教的なモチーフを完成させる。(楽園に最 初に足を踏み入れるメアリーは、小説の最初の方、インドのシーンで「害のない蛇」をじっと見つめることになるのだけれど、それも示唆的だ。聖母の名前を持つこの少女がイブとは対照的に蛇に害されることがないという意味で。)
けれど、マーサは実はそのヨークシャー訛りのせいで、本当だったら「洗い場メイド」がせいぜいのはず、のメイドさんでもある。ハウスキーパーにも話し方を注意されているらしい描写が出てくる。
本 当はメアリーのそばにいるはずのない、階上には許されるはずのないメイドさんが、主人不在の、秩序のやや緩いお屋敷で階上によこされ、子供の世話をする。 こうした背景がないと確かに、ディコンとメアリーがつながるのは難しいことだ。だからマーサはあまり目立たないにも関わらず、重要な役割を担っているの だった。
今回はこうした使用人の描かれ方の細部の方に目がいったし、そちらの方が面白かった。
それにしても、あざとい作品。
使われていない100の部屋のあるお屋敷というゴシックの舞台に、教会に行ったこともないのに自然と神を信じ始める子供達、というセンチメンタルなモチーフ。そして、何よりも美人でなく、愛嬌もないメアリーという秀逸なヒロイン。
児童小説史上、女の子が「可愛らしくも献身的でもなく」「わがままにかんしゃくを起こして」「非常に良い結果をもたらした」のは、おそらくこの作品が初めてだろうとよく言われる。作品後半ですっと存在感が薄くなるにも関わらず、メアリーはとても魅力的なヒロインだ。
ちりばめられているキリスト教のモチーフも目立つ。
イブの堕落によって人間が楽園から追われたのであれば、そもそもが可愛らしくも何ともないメアリー(言うまでもなく聖母マリアの名だ)は蛇(サタン)に害されることなくまず楽園に再び入り、楽園を修復し、コリン(男)をそこへつれて帰ってくる。
ちなみに、マーサもまた、聖書にちなむ名だ。聖書にはマルタ、という名で出てくる。イエスを迎えるためにかいがいしく働き、話を聞くことが出来なかった女性だ。そして、彼女の姉妹もまた、「メアリー」。
彼はある村に入り,マルタという名の女が彼を自分の家に迎えた。 10:39 彼女にはマリアという姉妹がいたが,イエスの足もとに座って,その言葉を聞いていた。 10:40 しかしマルタは,多くの給仕で取り乱していた。そこで彼女は彼のもとに上がって来て言った,「主よ,わたしの姉妹がわたしだけに給仕をさせているのを何とも思われないのですか。ですから,わたしを手伝うよう彼女におっしゃってください」。
10:41 イエスは彼女に答えた,「マルタ,マルタ,あなたは多くのことを心配して動転している。 10:42 だが,必要なのは一つだけだ。マリアは良いほうを選んだのだ。それが彼女から取り去られることはないだろう」。
子供だから、というだけでなく、自分で自分の服を着ることさえ出来ないメアリーと働き者のマーサ。この二人の名前を見たときに、ある程度聖書の知識がある人だったら「あああ」と思うだろう。そう、二人はイエスが蘇らせた男性、ラザルスの姉妹でもある。
これが甦りと再生の物語だということは、ヨークシャー訛りの、上階にはいるはずのないメイドさんが登場する時点でシンボリックに示唆されているのだった。
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