洪水と氾濫原と。

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Flooded River Ouse in York Pano | Flickr - Photo Sharing!

 

洪水が、起きた。

地震も台風も、津波も竜巻もまずないイギリスで一番しばしば起きる災害は洪水だ。鉄砲水のように突然おし流すということもないではないのだろうけれど、それよりは、ひたひたと街を水が満たしていき、気づくと家や町が大きな被害を被っていることの方が多い。

 

この国に初めて住み始めた頃、「新しい家を買うのは怖いよね、災害のことを考えると」という知人たちがいまひとつ理解できなかったのだけれど、今だと身にしみてわかる。

 

洪水が起きた時まず最初に水浸しになる、いわゆるfloodplainーー氾濫原に、建てられた家を買ってしまうリスクがない、ということを言っているのだ。古くから建っている家ならば少なくとも、その立地が水害に強いことはわかっている。

これは、地震の国、日本で育った私にはすぐには感覚的に飲み込めないことで、でも同時に一度理解すると深く頷けることでもあった。

 

昨年末から降り続いた雨は、すっかりイングランド北部の土壌を水浸しにし、これ以上水を吸い込めなくなったスポンジのようになった丘やモアから、川岸の街へ、どっと水が流れ込む。そして、洪水が起きやすい、いわゆるfloodplainに、近年家が建てられ続けていることもまた、問題を悪化させている。

 

イギリスの街に滞在したことがある人ならば、しばしば川べりに続くのどかな牧草地や公園を見たことがあるのではないかと思う。ケンブリッジにも川沿いに広々とした公園がある。私の今住む街も、川辺はスポーツグラウンドと、公園になっている。

それらの公園は、洪水が起きた時にまるで池か何かのように水浸しになる。氾濫原だからこそ、家や施設は立てず、洪水のない時期は憩いの場として使われている。そこに水が溜まることで、下流の街にもそれなりの影響があるのだろうと思う。

それだけではない。氾濫原は豊かな植生が特徴で、その保全に尽力する団体もあるくらいだ。

 

それなのに、今でも年間1万件ほどの家が、氾濫原、すなわち洪水のリスクの高い地域に立てられているという。

10,000 UK homes built on flood plains each year | The Independent

Why do we insist on building on flood plains? | The Independent

我が家の子供達の通うテニスクラブも、氾濫原に建てられており、今年の年末は数回にわたって床上浸水した。私の町は11月と12月26日の二回にわたり、一般家屋に影響が出るような洪水が起きたのだが、テニスクラブは、もっと多く浸水しているはずだ。この後、保険はどうなるのかしらね、とクラブの会員たちは不安げに顔を見合わせる。川から歩いて2分ほどのところにある我が家は、築130年で、幸い被害がなかったが、一本通りを隔てた家は、地下室に水が流れ込むという被害を受けている。

 

今回の洪水の背景には保守党政権下で治水にお金がかけられていないこと、地方財政への交付金が減っており、地方自治体が独自に対策を取りにくいことなどが、基調低音としてある。だからこそ、北部が多大な被害を受けた時に、「政府が北部をないがしろにしているから」という批判も出た。南北の亀裂は結構大きい。

私の街には狩猟場があり、狩猟のために作った排水路が、今回の洪水にもなんらかの影響を与えているのではないかという指摘をする人たちもいるようだ。

こうした天災が起きた時には必ず出てくる「人的災害」の側面が、今回の洪水にもあるのだ。

 

 

生活の基盤となる住居や、人によっては一生かけて築いてきた店、職場を奪われた人たちが数多くいたわけで、困ったものだ、これ以上雨が続いて欲しくないのだが、と恨めしく空を見上げる日が続く。

下の子の学校からは「家を失った人のための募金を集めますから、金曜は制服をきないで学校にきてください」との通達。

そう、唯一安堵のため息をつけるのは、こういう時にすぐに被害者救済のためのアクションが起こされることだ。クリスマスに家を離れなければならなかった人々に、少なくとも2016年が優しい年でありますように。祈るしかない。