『異世界食堂』と『信長のシェフ』とイギリスの食事ってまずいんでしょう?という質問

 

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Fish 'n' chips at the Severnshed

 

イギリスに住んでいると必ず日本の人から聞かれる質問。「イギリスの食事ってまずいんでしょう?」

それに対する答えは決まっていて「まずくはないと思います。外食は高いですが。」

 

 

そして、それからなんとなく困ったなあ、という気分にはなる。レストラン文化の発達が、イギリスにおいてはヨーロッパの他の国より遅れたのは多分正しいだろうと思う。

フランス革命後、それまで貴族に雇われていた料理人達が独立してレストランを始めたフランスに比べ、イギリスはそうした料理人達を中流階級以上が屋敷の中に抱え込むことによって「家でのおもてなし」を基本としたとは、よく言われる。

つまり、旅行者が飛び込んでレストランに入って美味しい料理にありつける可能性が低い時期が続いた、ということでもある。そもそも80年代ぐらいだったらおそらくレストランなど、よほどのことがないと行かない場所だったはずだ。

そして手頃な値段のレストランはおそらく・・・そうだな、夏にしか観光客が来ない観光地のやたら値段の高い冷凍物ばかりの食事を思い起こせば良いと思うのだけれど、それに近い状態だったのだろうと思う。1990年代の半ば、初めてイギリスに来た時にはそんな風情がまだ随分残っていた。

 

とはいえ、ここでどうしても口ごもるのが、やはり味覚は文化と身体の要求にとても強く連動しているからで、たとえば、最高級の脂身の少ないビーフステーキをご馳走したあげく、「やっぱりイギリスの料理ってまずいね。肉も脂がのっていないし」みたいな反応を返されたことがある身としては素直に「そうですね」とも頷けない。脂ののった魚は美味しいとされるけれど、脂の多い肉はイギリスでは(そしてアメリカでも、フランスでも、多分)質の悪い安い肉の代名詞だ。

夏場の日本を訪れたイギリス人が「これだけ汗をかくとしょっぱい物がほしくなるね」と言う。日本から来たばかりの頃は「ぼんやりと塩気が薄い味だな」と思っていたイギリスの料理が、今はちょうどしっくりくる。

「イギリスの食事」というカテゴリーの大きさはとりあえずおいておくにしても「美味しい」「美味しくない」は私たちが思うほど普遍的な物ではないのだろうと思う。

 

『異世界食堂』というウェブ掲載短編連作がある。ドワーフやエルフがいるような異世界が現代日本の食堂とつながっていて、異世界の住人達が日本の洋食屋の食事を食べて感動する、という筋立てだ。『信長のシェフ』というマンガもよく似ている。織田信長の時代にタイムスリップした現代のシェフがその技能で戦国の時代を生き延びて行く。どちらも良くで来た作品で、エンターテイメントとして立派に仕上がっているけれど、それでも、やはり「味覚って、それほど普遍的ではないんだよな・・・」とは思う。

 

 

追記。そうそう、レストランだけでなく学食の食事も初めて留学した頃は非常に美味しくなかったです。 まさしく「冷凍物の味」、でした。初めてこちらに来た20年前でも、ミドルクラスの家庭に招かれた時の食事はとても美味しかった記憶がありますが、公的機関や、レストランの食事の質は、確かにこの20年でしっかりしてきたかなあ、と。